10月3日(土)
一般発表
13:20−14:00
〈オンライン1〉音楽と音

フーゴー・リーマンの『音楽事典』にみる概念変容と隣接学問分野との相互作用
―和声理論を中心に

西田 紘子(九州大学)

近年、音楽理論の分野では、ネオ・リーマン理論の隆盛とともに、フーゴー・リーマン(Hugo Riemann, 1849-1919)の和声理論の見直しが進んでいる。例えば彼の理論展開を概観した研究(Rehding 2003)や、ネオ・リーマン理論との関係を巡る論文(Gollin & Rehding 2011; 西田 2019)が挙げられる。しかしリーマンは、理論や歴史、美学、演奏論等の多岐にわたる著作を残しており、その全貌や変容を掴むのは今なお容易ではない。そこで本研究は、その発展過程が記録されている彼の『音楽事典 Musik-Lexikon』(1882年~)を採り上げ、生前の版、すなわち初版から第8版(1916年)までにおける音楽理論上ならびに音響学諸領域上の項目がどのように変遷していったかを明らかにすることを目的とする。

『音楽事典』は、彼の著作の中でも増補改訂を重ね、各国語に翻訳された。しかし、各版の内容について散発的に言及されることはあっても、体系的にその変遷に取り組む研究はまだ行われていない。それゆえ本研究は、リーマン生前のドイツ語版から音楽理論系・音響学系の分野横断的項目を対象として概念変容を辿るという方法をとった。まず、一定の基準のもと 180程度の項目を抽出し、8つのドイツ語版の異同(新項目を含む)を一覧にした。その上で彼特有の概念や関心に関わる項目(30程度)を絞りこみ、変更箇所を対照させて変更理由を考察した。

その結果、全体的特徴として、第8版に至るまでに拡大・縮小、定義の刷新等の改訂がなされた項目が多数あり、項目間の連動や版間の齟齬もみられた。この事態は、リーマンが音響物理学・心理学の最新の研究成果を吸収し続けたことが関係しているだろう。

具体的には、『音楽の強弱法と緩急法』の出版(1884年)により第3版(1887年)で拍節法関係の項目が刷新されたのを皮切りに、『和声論の手引き』(1887年)や『和声論簡易版』(1893年)を経て第4版(1894年)では和声関係の項目が転換点を迎えるが、新たな術語や解釈指針は第 6 版(1905年)までに漸次的に浸透させられていく。「導音転換和音」や「見かけの協和」(第 5 版)といった彼特有の概念の他、「田中正平」(第4版)、「音心理学」や「聴取」(第6版)といった音響学諸領域の立項も進んだ。

以上の動態から、音律や聴覚の研究者との議論に基づいて二元論的和声理論史を構築・強化する中で、事典の学際性や多言語性が強まっていくという特徴も浮かび上がる。一方、その副産物として、調性概念に関わるフェティス、和声理論史に関わるラモーらの記述が版間で変転し、時に批判や自らの歴史化の試みが一貫しないという点も指摘できる。その学問分野間の相互作用は、音楽学、音楽理論や音響学といった当時の隣接分野間の知の連関を探る端緒となるだろう。

発表資料PDF:「フーゴー・リーマンの『音楽事典』にみる概念変容と隣接学問分野との相互作用
―和声理論を中心に:西田 紘子(九州大学)」

10.03
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