10月4日(日)
若⼿研究者フォーラム
17:15−17:45
〈オンライン2〉美術2

物語としてのヴァザーリ『芸術家列伝』
―「ミケランジェロ伝」システィーナ礼拝堂天井画成⽴をめぐる記述を中⼼に―

⼤槻 朋⼦(京都⼤学)

『芸術家列伝』は、ヴァザーリ(Giorgio Vasari, 1511-1574)によって書かれた芸術家たちの伝記であり、1550年に第⼀版(トㇽレンティーノ版)が、1568年に第⼆版(ジュンティ版)が上梓された。この書物を著したことによってヴァザーリは「芸術史の⽗」と呼ばれ、『列伝』は芸術史を構築した最初の書物として評価されている。さらに、『列伝』は当時の歴史的記録としても重要な意味をもつ。たとえば、1980年から1993年にかけて⾏われたシスティーナ礼拝堂のフレスコ天井画の修復・洗浄のさいに、基本史料となったのは、『列伝』のなかの「ミケランジェロ伝」であった。

このように史料的価値を有する⼀⽅で、『列伝』は誤った記述の多い書物でもある。それらの誤りは、芸術家の伝記的情報から年代にいたるまで、多岐にわたっている。たとえば、レオナルドの《モナ・リザ》にかんする記述のなかで、ヴァザーリはこの作品が「未完成」であると述べている。すなわち、実物の《モナ・リザ》とは異なった描写がなされているのであり、ヴァザーリが実際にはこの作品を⾒ていなかったことが指摘されている(⽥中2011)。

しかし、ヴァザーリによる虚偽の記述は、単なる誤りとして、『列伝』の価値を損なうだけのものにすぎないのであろうか。近年、⼀部の研究者たちは、こうした虚偽の記述を、彼が意図をもって創造したものとして捉えることを試みている。たとえば、バロルスキー(Paul Barolsky)は、ヴァザーリによる虚偽の記述を歴史記述としてよりも、詩的な創作物として積極的に評価している。

本発表では、こうした研究を受け、『芸術家列伝』における記述が詩的に芸術家たちを定 義づけるものであるという観点から、この著作を再評価することを試みる。中でも「ミケラ ンジェロ伝」に登場するシスティーナ礼拝堂天井画の成⽴をめぐる記述を取り上げ、その記述でヴァザーリがいかにしてミケランジェロを定義づけようとしたのかを考察する。そのために、まずヴァザーリによる記述の仕⽅を精査し、『芸術家列伝』における記述が単なる誤りではなく、ヴァザーリの詩的創造として捉えられることを明らかにする。さらに、その詩的創造によってヴァザーリが芸術家たちを定義づけようとしていたことも明らかにする。その後、「ミケランジェロ伝」におけるシスティーナ礼拝堂の成⽴をめぐる記述を取り上げ、その記述のうちにあるレトリックを明らかにし、そのレトリックでいかにしてヴァザーリがミケランジェロを定義づけようとしたのかについて考察する。

「ミケランジェロ伝」を中⼼に、『芸術家列伝』を再評価する本発表は、『列伝』におけるミケランジェロの新しい⽴ち位置を提案することになるだろう。

発表資料PDF:「物語としてのヴァザーリ『芸術家列伝』
―「ミケランジェロ伝」システィーナ礼拝堂天井画成⽴をめぐる記述を中⼼に―:⼤槻 朋⼦(京都⼤学)」

10.04
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