- 10月4日(日)
- 一般発表
- 10:15−10:55
- 〈オンライン2〉音楽理論
マッテゾンにおける自然と技術の媒介としての「模倣」
―「カノンの解剖学」を中心に―
岡野 宏(東京大学教養学部)
本発表では、ヨハン・マッテゾン(1681~1764)の音楽思想における主要な対立図式、すなわち旋律と和声、創意 inventio と配置 dispositio・仕上げ elaboratio、ひいては自然と技術の対立を媒介するファクターとしての「模倣」を抽出する。すなわち「どのようにして自然から技術が起ち上がるのか」という問いに対するマッテゾン的な回答が「模倣」なのである。
検討する文献は主に『クリティカ・ムシカ』第1巻(1722-23 年)第4部に所収された「カノンの解剖学Die canonische Anatomie」である。本テクストは、マッテゾンとハインリヒ・ボーケマイヤーの間に交わされたカノンの位置づけをめぐる議論およびそれに対するマッテゾンの注記で構成されている。後者が厳格な模倣としてのカノンを作曲技法の基礎として扱うのに対し、前者はこれを高度な作曲技法としつつ、より基礎的なものとして「自由模倣 freie Nachahmung」を挙げる。これはカノンのように厳密に音程・リズムを遵守するのではなく、一定の差異化を伴う模倣である。マッテゾンは自由模倣に「自然さ」という価値を見ている(Walker 2000)。
発表では以下の点を明らかにすることを目指す。すなわちマッテゾンが上記のような自由模倣をごく素朴な衝動がもたらすものとしていること、そしてそれゆえに旋律と和声を媒介する働きをもっていることである。先行研究において自然と技術の対立図式のもとに理解される旋律と和声が、しかし互いに排除するものではないことが明らかにされているが(Petersen-Mikkelsen 2002; 松原 2020)、本発表では両者の関係をより力動化する装置として「模倣」があることを明らかにする。
さらに『完全なる楽長』(1739年)を検討材料に加え、模倣が創意と配置・仕上げを媒介するものとして、創意の補助手段としての所謂 loci topici の中で特異性を有することを指摘する。
旋律対和声、創意対配置・仕上げをいずれも自然対技術の図式として理解するならば、マッテゾンにおいて模倣は自然の領域から技術の領域への移行をもたらすものである。同時に、発表者はここに「自然」に基礎づけられながら、しかし自らの手前に「モデル」を持たない自律した芸術としての音楽観を看取する。すなわち音楽における「自然」は「模倣」そのものに宿り、それゆえ音楽に内在してしまうのである。
発表資料PDF:「マッテゾンにおける自然と技術の媒介としての「模倣」
―「カノンの解剖学」を中心に―:岡野 宏(東京大学教養学部)」
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