10月4日(日)
一般発表
9:30−10:10
〈オンライン2〉音楽理論

後期バロック音楽に関する理論書と研究書の邦訳書にみる古楽受容
―1970–80年代を中心に―

杉山 恵梨(大阪大学)

本発表は、後期バロック音楽の演奏原理に関する理論書と研究書の邦訳書に着目し、日本における古楽受容の特質と変遷を考察するものである。

20世紀までの古楽の演奏史は、黎明期の19–20世紀初頭までと発展期として捉えられる20世紀後半に大きく分けられる。黎明期の古楽実践はメンデルスゾーンのバッハ蘇演に続く復興的性質を有していた。一方の発展期では、レパートリーが単純に広げられただけでなく音楽学的な研究の見直しが本格化した。具体的には、18世紀までの古楽的奏法や古楽器の使用、原典版の採用、理論書の参照に基づく演奏習慣の研究が行われた。こうした一連の動きは次第に古楽運動と総称されるようになった。その古楽運動の旗手的存在となった演奏家は、後期バロック音楽の演奏原理について 18世紀に書かれた理論書を源泉に、独自の解釈を加えて研究書としてまとめ、出版した。この20世紀半ばに出版された研究書とその基となった理論書は、正当的な古楽実践を指針づけるものとして今日に至るまで演奏家を中心に用いられてきたのである。

今日の古楽実践は西洋に限ったものではなくなり、とりわけ日本人の古楽の演奏家の国際的な進出は顕著なものとなった。だが、先の古楽の演奏史研究では西洋における総括的系譜が論じられるのみで、非西洋圏で展開されてきた古楽実践という視点は看過され、受容する側の文化史上への位置づけはなされてこなかった。それゆえ、今後の古楽の演奏史研究においては発生史だけでなく受容史を体系づけていく必要が生じている。

本研究の目的は、20世紀後半の日本において古楽の理念、美学、実践がどのように広まり変化したかを明らかにすることである。具体的な方法は、1970–80年代とその前後に国内で出版された、J. J. クヴァンツの『フルート奏法試論』(原著 1752 年、以下同じ)、C. P. E. バッハの『正しいクラヴィーア奏法』(1753)、L. モーツァルトの『ヴァイオリン奏法』(1756)、J. F. アグリーコラの『歌唱芸術の手引き』(1757)の四つの理論書と、H. P.シュミッツ(1916–1995)、P. バドゥーラ=スコダ(1927–2019)、H-M. リンデ(1930–)等による研究書の邦訳部分と端書等の言説分析を行うというものである。まずは原語での復刻や再出版の歴史を整理した上で、日本でいつ訳されたのかに視点を向ける。また、邦訳書の監修者・訳者が出版事業と同時に行っていた演奏実践の整理検討も行う。日本では1960年代頃まで、戦前からの洋楽受容の延長としてロマン主義的な精神性を求める気風が強かったことから、古楽実践への忌避感が強かった。だがその一方で、古楽的奏法や古楽器への関心は1970年代以降に高まり、1980年代には演奏習慣の研究をはじめ、積極的な受容を促した面が確かにあったのである。

発表資料PDF:「後期バロック音楽に関する理論書と研究書の邦訳書にみる古楽受容
―1970–80年代を中心に―:杉山 恵梨(大阪大学)」

10.04
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