- 10月4日(日)
- 一般発表
- 11:00−11:40
- 〈オンライン1〉彫刻論
20世紀初頭の公共彫刻と「他者」:サン=マルソー《万国郵便連合記念碑》(1909)における大陸の寓意
諏訪園 真子(お茶の水女子大学)
本発表は、彫刻家ルネ・ド・サン=マルソー(1845-1915)による《万国郵便連合記念碑》(1909)の分析を通して、20世紀初頭の公共彫刻における「他者」表象を検討することを目的としている。
スイス、ベルン市に位置する本作品は、万国郵便連合創立25周年の記念碑として1900年に計画が提起された。作品は大きく2つの要素、すなわち地球儀の周りを浮遊する5体の大陸寓意像と、傍らでその様子を見守るベルン市の寓意像「ベルナ」によって構成されている。制作に際しては国際公募が行われ、123点の中から2段階の審査を経て1904年に本作が選出された。しかし作品は1次審査の段階から一貫して、公共彫刻としての資質を欠き記念碑には相応しくないと地元新聞紙上で厳しく批判されることとなる。なぜ本作はこうした 評価を得ながらも最終的に栄光を勝ち得たのか。大陸寓意像の表象分析、公共彫刻とレアリスムの関係、この2点のアプローチに基づき考察を試みる。
従来の寓意像は、抽象概念を視覚化するための「器」として機能し、各寓意は対応するアトリビュートによって識別されていた。しかしながら、植民地の拡大や科学知識の普及に伴い、ヨーロッパにとって「他 者」である非西洋の表象がより具体性を帯びた結果、それまでは単なる「器」に過ぎなかった大陸寓意像にも、ステレオタイプとしての身体的特徴が見出されるようになる。19世紀を通して、アトリビュートを付与された抽象的な人物像という伝統的表現は徐々に解体し、20世紀初頭の本作においては、各大陸は「異なる人種の女性たち」、特にアジアは日本、オセアニアはカナック族といった、個別の国家や民族の名称で認識されるようになる。
一方で、これらのレアリスティックな人種表現は同時に、理想化された身体というアカデミックな彫刻観を損ね、公共彫刻としての記念碑の価値を貶める危険性を有していた。1次審査を通過した公募作がいずれも静的で荘厳な構成を重視し、伝統的な寓意表現を用いたのに対し、本作は躍動感のある独創的な構図と生々しい「他者」の表象を選択している。ここからは、同時代の「他者」イメージの展開が理解されると同時に、「文明化の先駆者」たるヨーロッパと非西洋の「他者」を並置する構成が、西洋中心的な国際秩序による「文明の発展」を掲げた万国郵便連合のイデオロギーに即していると見なされた可能性を指摘できる。また、サン=マルソーは2次審査にあたり、1次審査の際には存在しなかった「ベルナ」を作品に付け加えている。理想化された女性身体という伝統的な表現に則ったこの寓意像の追加は、「記念碑」に求められた保守的な性質を回復する意図があったと推察される。
以上より、彫刻家は、伝統的な規範から逸脱した「他者」表象を大陸寓意像に適用しながらも、同時代の彫刻を取り巻く芸術動向や時代背景を考慮し、伝統的な表現に基づく寓意像を追加することで、作品が記念碑として許容されうる境界を慎重に見極めていた可能性を提示する。
発表資料PDF:「20世紀初頭の公共彫刻と「他者」:サン=マルソー《万国郵便連合記念碑》(1909)における大陸の寓意:諏訪園 真子(お茶の水女子大学)」
プログラム一覧へ