- 10月4日(日)
- 一般発表
- 10:15−10:55
- 〈オンライン1〉彫刻論
ドガの競走馬彫刻からみる動きの表現
藤本 奈七(関西学院大学)
ドガ(Edgar Degas, 1834-1917)が生前に作品として発表した彫刻は、1881年の第6回印象派展に出品された《14歳の小さな踊り子》(1878-81)のみであり、他の数多くの彫刻は彼の死後にアトリエから見つかった。それらは可塑性の高い素材である蝋でつくられており、なかには人や馬型をした可動式のアーマチュアを用いたものもあった。ドガは彫刻制作について、1897年にティエボー=シッソンのインタビューのなかで「より表情豊かなものを、より情熱的なものを、そしてより生き生きとしたものを、私の油彩画やドローイングに与えるため」のものであったと語っている。彫刻は、自由にポーズをつけたり、あらゆる角度から観察できたり、動きやポーズに執着していた彼にとってアイデアを練り上げるための実験的な手段だった。本発表では、このような彫刻の習作的な役割に注目し、動きに対するドガの直接的なアプローチに注目する。
先行研究では、連続写真との類似を指摘するものが多い。たしかに、《立ち上がる馬》(1880年代後半、ワシントン・ナショナル・ギャラリー、ポール・メロンコレクション)は1887年に出版されたマイブリッジ(Eadweard Muybridge, 1830-1904)の『動物の運動』に登場する馬のポーズと酷似しており、連続写真という機械の眼を借りて制作していたことがわかる。しかし、連続写真は動きを分解することに成功したが、すでにミラードが指摘するように、『動物の運動』に掲載されている、複数の瞬間(コマ)が並置された一枚の図版からは動きそのものを感じることは困難である。それらは単なる一瞬間を切り取った馬のシルエットにすぎない。
ドガの1880年代の競走馬の彫刻にみられる動きについて、デュマは緊張感のある動きや上昇感、捻れが特徴だと述べ、ミラードは前方や後方、上昇、捻れの動きが同時に組み合わせられていると指摘する。上昇や捻れは、全方位的に捉えようとした制作を想起させるが、指摘されたその動き自体、彫刻のどこから現出しているのか両者とも明らかにしていない。同時代の動物彫刻、たとえばボヌール(Isidore Jules Bonheur, 1827-1901)の作品に登場する後脚で立ち上がる馬と比較してみると、それぞれの重心の扱いがみえてくる。ボヌールの馬は上半身を高くあげて後方に重心を据えることで安定感を与えるのに対し、ドガの馬は重心を前方や左右に揺らし不均衡な場面を扱っている。
本発表では、まず、彫刻作品の変遷を辿りながらマイブリッジの連続写真の影響と、動きに対するその関与性について精査する。そして、ポーズや重心の置き方に着目しながら、それらを同時代の動物彫刻作品と比較することで、画家が重心の移動や運動の軌跡を意識していたことを明らかにする。ドガは形態の一瞬間を固定しようとしたのではない。彼は重心に揺らぎを与えることで持続的な動きを表現していたのである。
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